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華厳経疏序

「大方広仏華厳経疏」について

「大方広仏華厳経疏」は、中国・唐の時代に、華厳宗の僧である澄観ちようかん(737~838)によって書かれた華厳経の注釈書です。この書は「大疏」とも称されます。澄観は中国華厳宗の第四祖とされており、第三祖の法蔵(644~712)と並び、中国華厳宗の教学を大成させた人物です。この「大方広仏華厳経疏」に対し、さらに自注を加えた「大方広仏華厳経随疏演義抄」も執筆しています。

わが国では「国訳大蔵経」「昭和新纂国訳大蔵経」「国訳一切経」「新国訳大蔵経」など、経典や論書を読みやすく書き下したり現代語訳したりしたシリーズが出版されていますが、この「大方広仏華厳経疏」については、残念ながら国訳がなされていません。したがって、中身を読もうと思うと原文に直接あたるしかありません(2026年現在)。

さいわい、昨今ではAI(LLM)の性能が大幅に上がり、たとえばNoteBookLMに経典と注釈書のテキストデータをソースとして投入しておけば、経のどこを参照してどのようなことが述べられているかを簡単に調べることができます。また、書き下しの下書きならば、かなりの程度までこなしてくれます。

下の文章は「大方広仏華厳経疏」の序文をAIの助けを借りて書き下し文にしたものです。

大方廣佛華嚴經疏序

唐清涼山大華嚴寺沙門澄觀撰

往復おうふく無際むさい動靜どうじよう一源いちげん衆妙しゆみようふくみてあまりり、言思ごんしえてはるかいづものは、法界ほつかいか。

玄微げんみ剖裂ぼうれつし、心境しんきよう昭廓しようかくし、きはしようつくし、てついんね、汪洋おうようとして沖融ちゆうゆうし、廣大こうだいにしてことごとそなはるものは、大方廣佛華嚴經だいほうこうぶつけごんきようのみ。

ゆゑ世尊せそん十身じつしんはじめて滿ち、正覺しようがくはじめてり、願行がんぎようじようじてもつ彌綸みりんし、虚空こくうこんじて體性たいしようし、萬徳まんとく富有ふゆうし、はらひて纖塵せんじんからしむ。

智海ちかい澄波ちようはたたへ、きよにして萬象ばんしようふくみ、性空しようくう滿月まんげつしろくし、たちま百川ひやくせんおとす。樹王じゆおうたずして七處しちしよ法界ほつかいつらね、後際こうさいたがふことくして九會くえ初成しよせいぶ。宏廓こうかく幽宗ゆうしゆうつくし、難思なんし海會かいえおほひ、圓音えんいん落落らくらくとして十刹じつせつねてとみあまねく、主伴しゆばん重重じゆうじゆうとして十方じつぽうきはめてひとしくとなふ。

空空くうくうとしてあとつといへども、しか義天ぎてん星象せいしよう燦然さんぜんたり。湛湛たんたんとしてごんぼうずるも、しか教海きようかい波爛はらん浩澣こうかんたり。すはな千門せんもんひそかにそそぎ、衆典しゆてん洪源こうげんし、萬徳まんとく交歸こうきし、群經ぐんきようせつして眷屬けんぞくす。

むねるや、眞體しんたい萬化ばんかいきみようじ、徳相とくそう重玄じゆうげんもんあらはし、よう繁興はんこうしてもつつねによたり。かんあまねくしてつねじようたり。眞妄しんもう交徹こうてつして凡心ぼんしんきて佛心ぶつしん事理じり雙修そうしゆうして本智ほんちりて佛智ぶつちもとむ。したがひてへんずれば、すなは一多いつた縁起えんぎ無邊むへんゆうずれば、すなは千差せんさ渉入しようにゆうして無礙むげなり。ゆゑ十身じつしん歴然れきぜんとしてあひし、六位ろくいみだれずしてこもごもおさむるを廣大こうだいすなは無間むけんに入り、塵毛じんもう包納ほうのうしてほかく、炳然へいぜんとしてひとしくげんずること、芥瓶かいびようのごとし。具足ぐそくして同時どうじなること、これ海滴かいてきくらぶ。一多いつた無礙むげなることは虚室きよしつ千燈せんとうひとしく、隱顯おんけんともることは秋空しゆうくう片月へんげつる。重重じゆうじゆう交映こうえいすることは帝網たいもう垂珠すいしゆごとく、念念ねんねん圓融えんゆうすることは夕夢せきむるにたぐひす。法門ほうもん重疊ちようじようすることはくも長空ちようくうおこるがごとく、萬行まんぎよう芬披ふんぱすることははな錦上きんじようひらくにす。

もしたかくしてあふぐべからずんば、すなは積行せきぎよう菩薩ぼさつ腮鱗さいりん龍門りゆうもんさらし、ふかくしてうかがふべからずんば、すなは上徳じようとく聲聞しようもん視聽しちよう嘉會かえふさぐ。見聞けんもんたねせば八難はちなん十地じゆうじかいえ、解行げぎようれば一生いつしよう曠劫こうごうまどかにす。師子しし奮迅ふんじんして衆海しゆかいとみ林中りんちゆうしようし、象王ぞうおう迴旋かいせんして六千ろくせんどう言下ごんかじようず。みよう東廟とうびようひらき、滿つるも初心しよしんことならず。南求なんぐせ、いんまどかなるも毛孔もうくえず。微塵みじん經卷きようかんぼうずればすなは念念ねんねんじようじ、衆生しゆじよう願門がんもんつくせばすなは塵塵じんじんぎよう滿つ。

まこといひつべし、常恒じようごう妙説みようせつ通方つうほう洪規こうき稱性しようせい極談ごくだん一乘いちじよう要軌ようきなりと。玄旨げんしたづね、かへつ餘經よきようれば、杲日こうじつてんかかりて衆景しゆけい耀よううばひ、須彌しゆみうみよこたはりて群峰ぐんぽうたかきをおとすがごとし。

ここもつ菩薩ぼさつ龍宮りゆうぐうさぐり、大賢たいけん東夏とうかおい闡揚せんようす。かへりおもんみれば正法しようぼう清輝せいきかくすも、さいはひなるかな像季ぞうきときかか玄化げんけふ。いはん聖主せいしゆひ、靈山りようぜんるを幽宗ゆうしゆうおもひつくすをや、慶躍きようやくからんや。

だい大方廣佛華嚴經だいほうこうぶつけごんきようしようするは、すなは無盡むじん修多羅しゆたら總名そうみようなり。世主妙嚴品せしゆみようごんぼん第一だいいちは、すなは衆篇しゆへん義類ぎるい別目べつもくなり。だい曠兼こうけんにして無際むさいなるをもつてし、ほう正法しようぼうにして自持じじたるをもつてす。こうすなはたいかなひてあまねし。ぶつ玄妙げんみようさとるをひ、功徳くどく萬行まんぎようたとへ、ごんほうかざにんすをふ。きようすなは無竭むけつ涌泉ゆうせんそそぎ、玄凝げんぎよう妙義みようぎつらぬき、無邊むへん海會かいえおさめて終古しゆうこ常規じようきす。ぶつおよ諸王しよおうならびに世主せしゆしようし、法門ほうもん依正えしようとも妙嚴みようごんふ。義類ぎるいわかちてもつ品名ほんめいあらはし、群篇ぐんぺんかんして第一だいいちしようす。きよう三十九さんじゆうくほんり。ほんはじめつ。ゆゑ大方廣佛華嚴經だいほうこうぶつけごんきようふ。